疣贅エコーの存在は感染性心内膜炎を確定できるか

−臨床情報の重要性−

高橋秀一,伊賀幹二*,泉 知里*,小西 孝*

天理よろづ相談所病院臨床病理部 同循環器内科*

632-8552

天理市三島町200

Is the presence of vegetation echo pathognomonic for infective endocarditis?

-Importance of clinical information-

Shuichi Takahashi (RMS), Kanji Iga (FJSUM)*, Chisato Izumi*, and Takashi Konishi*

Department of Clinical Pathology and Cardiology*, Tenri Hospital, 200 Mishima-cho, Tenri City 632-8552, Japan

Tele. 0743-63-5611, Fax 0743-62-5576

Abstract

Detection of vegetation is important in making a diagnosis of infective endocarditis. We analyzed clinical information from 58 patients with vegetation echo by transthoracic echocardiography in our echo laboratory at Tenri Hospital in the past 5 years. Vegetation was defined as mass and/or thread like echo attached to the valve structure or endocardium. It is diagnosed as vegetation under the agreement of two cardiologists and one sonographer.

Forty-four patients were treated with antibiotics because the clinical course was consistent with infective endocarditis; 27 patients were positive and the rest of 17 patients were negative for blood culture. In the other 14 patients there was no findings suggestive of infective endocarditis. Follow-up data was available in 10 among the 14 patients; the size of vegetation remained unchanged in the mean interval of 12.1 months and there had been no signs and symptoms of infective endocarditis clinically.

About one fourth of the patients with vegetation echo were not associated with infective endocarditis. We believe that clinical information is indispensable to make a diagnosis of infective endocarditis in addition to the detection of vegetation.

Key words

Infective endocarditis (IE), Echocardiography, Vegetation, Clinical information

抄 録

 心エコー検査により疣贅エコーを発見することは,感染性心内膜炎(IE)の診断において重要である.

 我々は,過去5年間に経胸壁心エコー検査にて疣贅エコーを認めた58例の臨床背景について分析し,疣贅エコーの臨床的意義を検討した.疣贅エコーとは,可動性を有するひも状または塊状の異常エコーとした.58例中44(76%)は,臨床的にIEと診断され,抗生剤が投与された.一方,14(24%)においては,疣贅エコーは存在するものの発熱,炎症所見ともにみられず臨床的にIEは否定された.14例中10例では平均12.1ヶ月間の経過観察がなされ,疣贅エコーの付着部位,大きさに変化はなかった.

 疣贅エコーを認めた約4分の1の症例において疣贅エコーはIEによらないと考えられた.IEの診断には疣贅エコーの存在のみでは不十分であり,臨床所見と併せて判断すべきである.

1. はじめに

 近年,エコー画質の向上や経食道心エコー法の導入により,疣贅エコーの検出率は増加し,感染性心内膜炎(IE)の診断に対する心エコー検査はますます重要となってきた.

 今回,経胸壁心エコー検査で疣贅エコーを認めた症例の臨床背景を分析し,疣贅エコーの存在意義について検討した.

2. 対象および方法

 19943月から19992月までの過去5年間に当院にて経胸壁心エコー図検査を施行した成人例25,812件において,自己弁または人工弁に疣贅エコー認めた58例(男性29例,女性29例,平均年齢55.7±18.8歳)を対象とした.疣贅エコーとは,可動性を有する塊状またはひも状の異常エコーとし,循環器専門医2名と超音波検査士1名の合意があったものとした.ペースメーカリードに感染した症例は除いた。

 超音波診断装置は,Toshiba社製SSH-160AまたはSSH-140A,周波数は2.5MHzまたは3.75MHzの探触子,Acuson社製Sequoia C256, 周波数は3.5MHzの探触子を使用した.

3. 結 果

 疣贅エコーを認めた58例中44(76%)が他の臨床所見とあわせてIEと診断され,抗生物質が投与された;44例中27例は血液培養陽性であり,17例は血液培養陰性または未施行であったがIEが強く疑われた.疣贅エコーの付着部位は,僧帽弁が23例,大動脈弁が11例,大動脈弁および僧帽弁の両方が7例,三尖弁が2例,僧帽弁位人工弁置換術後の人工弁感染例が1例であった(Table 1).自己弁IEではすべて基礎心疾患として逆流性弁膜症または心室中隔欠損症を有していた.

 一方58例中14(24%)では,疣贅エコーは存在するものの,発熱,炎症所見ともにみられず臨床的にIEは否定された. 14例の疣贅エコーの付着部位は,自己僧帽弁が9例,僧帽弁位人工弁(機械弁)が2例,自己大動脈弁が3例であった.主たる基礎心疾患の内訳は,僧帽弁狭窄症が4例,僧帽弁位人工弁置換術後が3例,僧帽弁閉鎖不全症が2例,僧帽弁形成術後,大動脈弁閉鎖不全症,大動脈狭窄症,拡張型心筋症,陳旧性心筋梗塞がそれぞれ1例であった.疣贅エコーの性状は塊状(2×3mm7×10mm)が10例,ひも状(1×2mm2×5mm)が4例であった(Table 2).疣贅エコーの可動性のうち,11例において特に細かい動きを示すオシレーションがみられた.14例中10例では,1ヶ月から3年間(平均12.1ヶ月)にわたり経過観察の心エコー検査が施行され,疣贅エコーの付着部位,大きさに変化はなかった.

症例17は疣贅エコーが僧帽弁に付着し,基礎心疾患として僧帽弁または大動脈弁弁膜症を有していた.症例15は僧帽弁前尖の左室側に,症例6は僧帽弁前尖の左房側に,症例7は僧帽弁後尖の左房側に腫瘤状の疣贅エコーが付着していた.

症例の詳細を示す.症例1は,軽度の僧帽弁狭窄症と軽度の大動脈弁閉鎖不全症にて経過観察中であった.一時的な発熱を生じたため,IEが疑われ心エコー検査が依頼された.僧帽弁前尖の左室側に腫瘤状の疣贅エコーが付着していたが,発熱時以前より僧帽弁前尖の左室側に疣贅エコーが同じく存在していたこと,血液培養が陰性であったことからIEは否定された (Fig.1)

 症例89は僧帽弁狭窄症に対して僧帽弁位人工弁置換術を施行され経過観察中であった.いずれも人工弁の弁葉部分の左室側に腫瘤状の疣贅エコーが付着していた.症例8198211月に僧帽弁置換術を施行,定期経過観察のため行われた19971月の心エコー検査で人工弁の弁葉部分に疣贅エコーの付着を認めた(Fig.2).前回検査と比較検討したところ19942月の検査では疣贅エコーは認めなかった.発熱,炎症所見ともにみられず,加えて血液培養も陰性であったためIEは否定された.この疣贅エコーは,以後18ヶ月間計6回の経過観察の心エコー検査においても部位,大きさに変化はみられなかった.

 症例10では,大動脈弁右冠尖の左室側にひも状の疣贅エコーを認めた(Fig.3).経過観察中に大動脈弁狭窄が高度となったため人工弁置換術が施行された.大動脈弁に付着した疣贅エコーの病理所見はパンヌスであった.

 症例1112は,いずれも軽度の大動脈弁閉鎖不全症を有し,大動脈弁無冠尖の左室側に疣贅エコーが付着していた.症例1314は,それぞれ僧帽弁前尖の左室側,僧帽弁後尖の左室側にひも状の疣贅エコーが付着していた.この2症例の基礎心疾患はそれぞれ拡張型心筋症,陳旧性心筋梗塞で有意な弁逆流や狭窄の所見はみられなかった.

4. 考 察

 IE3兆候として,持続する発熱,炎症所見,新たな心雑音の出現があげられている1.弁膜症例,先天性心疾患例および人工弁置換術後に発熱を生じた症例に対しては,常にIEを念頭におく必要がある.Durack2IEの診断基準として,確定診断の項目の中に血液培養所見と心エコー検査所見を主基準,臨床症状を副基準とし,確定,可能,除外の3者に分類することにより診断精度を上げられると報告している.したがって,IEの診断には,血液培養による菌血症の証明に加えて,心エコー検査による疣贅エコーの検出が重要である.また,心エコー法は,疣贅の位置,大きさ,弁逆流の程度評価にとどまらず,塞栓症の予測3,外科的治療の決定45など重要な役割を担っている.

 心エコー検査における疣贅エコーは,弁尖または心内膜に付着する腫瘤状またはひも状の可動性を有する異常エコーとして描出され,経胸壁心エコー法によって検出される大きさは2mm以上,検出率は5070%とされている4.近年,装置の向上によりエコー透過性の高い高周波探触子の使用,フレームレートの向上,さらには組織ハーモニック・イメージングを使用することにより従来まで不鮮明で処理していた画像が改善され6,疣贅エコーの検出率はより向上するものと思われる.本検討では,複数の超音波診断装置を使用しているが,検出しえた疣贅エコーの最小サイズは1×2mmであった.我々は疣贅エコーのごとく可動性を有するエコー像を発見した際,機種によっては,ズーム機能を利用し拡大して観察し,さらに画角を絞りフレームレートをあげて検査を行うことにより検出率の向上をはかっている.一方,人工弁感染性心内膜炎では経食道心エコー法が経胸壁心エコー法よりも疣贅エコーの確認,弁輪周囲の観察について有意に優れているとされている1457.本検討の対象となった人工弁置換術後の症例では,すべて僧帽弁位置換術例であり,また疣贅エコーの付着がいずれも左室側であったため,人工弁によるアーチファクトの影響を受けずその観察が経胸壁心エコー法でも可能であったものと思われる.

 疣贅が付着する部位は,基礎心疾患によって異なり,速い短絡血流を有する先天性心疾患,速い狭窄部血流が存在する疾患の心内膜面に多いとされている8.本検討でも,諸家らの報告に一致して,IEとして治療された44例では全例が有意な逆流性弁膜症または先天性心疾患を有し,その病変部に疣贅エコーが付着していた.一方,IEが否定された14例のうち4例は有意な逆流または狭窄性弁膜症を,4例は術後例でその病変部に疣贅エコーが付着していたが,その他の6例(症例1238913)では疣贅形成に関与すると思われる有意な基礎心疾患はなかった.基礎心疾患を伴わない症例に検出された疣贅エコーは,その原因がIEによることを否定する一つの要素になるが,基礎心疾患を伴わないIEの報告9もあることから,基礎心疾患の有無のみではIEを確実に否定することができないと考えられる.過去の報告では,IEによる疣贅エコーの特徴は,乱流血流によるオシレーションが検出されることが特徴である2といわれている.本検討では,IEが否定された14症例のうち11例に疣贅エコーのオシレーションを生じていた.したがって,疣贅エコーのオシレーションの有無は,疣贅エコー周囲の乱流は示唆できるもののIEの診断を確定づける要素にはならないといえる.

 IEによらない疣贅エコーは,石灰化または肥厚した僧帽弁複合体の一部,弁糸状体10,人工弁弁座付近の縫合糸または手術時に切断された腱索の一部などをみていた可能性もあるが,今回の検討により心エコー所見のみからは,疣贅か否かを断定することは困難と考えられた.したがって,過去の心エコーデータがある症例ではそれと比較すること,心エコー検査を繰り返し行い大きさの変化を観察すること,必要に応じて経食道心エコー図を併用すること,臨床所見とあわせて判断することが必要であると考える.

5.結 語

 疣贅エコーを認めた58症例のうち,その原因がIEによらないと判断されたものは,14(24%)であった.疣贅エコーの存在のみではIEの診断は不可能であり,臨床所見および過去の心エコーデータを併せて判断すべきである.

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  3. Buda AJ, Zotz RJ, LeMire MS, et al: Prognostic significance of vegetations detected by two-dimensional echocardiography in infective endocarditis. Am Heart J 1986; 112: 1291-1296.
  4. 松崎益徳,北畠顕編:心臓病プラクティス9心エコー・ドプラ法から治療を考える.東京,文光堂,1996pp.242-257.
  5. 谷本京美:感染性心内膜炎の診断における経胸壁心エコー図法と経食道心エコー図法の比較−手術例43例の検討.J Med Ultrasonics 1997; 24: 1641-1649.
  6. 吉田清:最新超音波技術の原理と応用の手引き ティシュー・ハーモニック・イメージング法の臨床応用.INNERVISION 1998; 13: 91-93.
  7. Daiel WG, Mugge A, Grote J, et al: Comparison of transthoracic and transesophageal echocardiography for detection of abnomalities of prosthetic and bioprosthetic valves in the mitral and aortic positions. Am J Cardiol 1993; 71: 210-215.
  8. 桝谷洋子,近藤誠宏,岩崎忠昭:グラフ 心エコー図法の実際 感染性心内膜炎.綜合臨牀 1998; 47: 2562-2569.
  9. McKinsey DS, Ratts TE, Bisno AL: Underlying cardiac lesions in adults with infective endocarditis: The chaning spectrum. Am J Med 1987: 82: 681-688.
  10. Nighoghossian N, Derex L, Perinetti M, et al: Course of valvular strands in patients with stroke: Cooperative study transesophageal echocardiography. Am Heart J 1998; 136: 1065-1069.

Figure legends

Table.1

Site of vegetation and underlying heart disorder in 44 patients with infective endocarditis

Table.2

Background information in 14 Patients without findings of infectious endocarditis

Fig.1

Short axis view in case 6 showed vegetation (A) attached to the mitral valve towards left ventricular outflow which also seen in 2 years ago (B).

Fig.2

Four chamber view in case 1 showed vegetation attached to the mitral valve (A) which was not seen 3 years ago (B). C showed a M-mode echocardiogram of the mitral valve in which oscillation was not seen.

Fig.3

Long axis view of case 12 showed thread-like vegetation in the aortic valve (A) and M-mode echocardiograms showed oscillation (B,C).